親族に介護をされるということ
久々に書いています。
自宅リフォーム後の片づけはぼちぼち進めていますが、とりたてて代り映えのしない日々を過ごしておりました。
80代の実母と義理の母が、1時間以内で通える所に住んでいます。2人とも持病はありますし、物忘れも気になってきましたがまだまあまあ元気です。介護というよりは暮らしの介助、手伝いというレベルですが、最近は通う頻度が増えてきました。
それだけ、できなくなったことや心配事が増えてきたということでしょう。
先週などは、義母の家に2日、実母の部屋に1日となかなかのペース。
私は決まった時間に働いていないので、時間的に自由が利く私が適任という空気になっています。
以前、父の介護で実家に通っていた頃、私が訪ねると父はとても喜んでくれました。でも、よく私に、夕飯食べたら早く帰りなさいと言っていたのを思い出します。
その頃はもう父はだいぶ弱っていて、着替えも、入浴も自分一人でするのは難しくなっていましたし、時々排泄が間に合わず、トイレを汚してしまうこともありました。
私が、トイレ掃除をしていると父が近くに来て、「こんなことをしてもらうためにお前に来てもらっているわけじゃないのにごめんね、ほんとにごめんね」と謝り続けていました。
いやいや、私は手伝うために来ているので全然オッケーなんですけど。
でも、最近、父はできなくなっていく自分を娘に見せたくなかったのかなと思うんです。
いつまでもかっこいいお父さんでいたかったのかもしれないと。
弟が来れない時は私が父の入浴介助をしました。それもきっと、娘にはされたくなかっただろうと思います。
認知症が進んで、申し訳ないとか、恥ずかしいとかわからなくなるまで、父はきっとつらかったと思います。
母は、「お父さんは子どもたちに世話してもらって幸せね」と父に声掛けしていましたが、私自身が60代に入り、必ずしも我が子に介護されることが幸せではないのでは?と思うようになりました。
介護は、多くの人が必要になります。
そして誰に介護してもらいたいかは人それぞれです。自分自身が元気なうちに、自分の介護をどうしたいのかを考え、家族や周囲の人たちに伝えておくといいと思います。それが実現するかどうかは、早い段階ではわからないこともあるとは思いますが。
最近、義理の母が、私が訪ねて掃除などをしていると、「ごめんね、もういいから座ってお茶でも飲んで」を繰り返すようになりました。
お小遣いをくれようと封筒を渡されることもあります。
受取るわけにはいかないので金一封はお返ししますが、悲しそうな顔で、悪いわね、ごめんねを繰り返す義母にかつての父の姿が重なり、苦しくなることが増えました。
本人と、親族や近しい人たちでどうしていくのがいいのか話し合っておくこと、そしてそのためにどうするべきか、元気なうちに動き始めることが大切だと思います。
お読みいただきありがとうございました。
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